今の若者(私)の素直な気持ち
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
今回は私、インターン生の篠隈わか乃が、いままでの経験をふまえ、いま伝えたい気持ちを書いて行こうと思います。
まず、前回のブログを読んでいただきたいと思います。
ここをクリック:自己紹介
私は、小学校、中学校、高校、大学を全て別の地域の学校を意図的に選んでいます。
その理由は一つ「新しい自分に会うため」
小学校時代の私はとてもいい子ちゃんで、先生たちから一目置かれる生徒でした。みんなが嫌がる掃除を毎日一人で自ら進んでしたり、低学年のお世話係のような生徒でした。ませてましたね。笑
そうさせたのは他でもなく承認欲求でしょう。
そして、中学では、スポーツ面も勉強面も優秀で友達にも恵まれ、特に先輩に好かれてましたね!自分で言うのもあれですが模範生徒でした!
そして、高校進学。まず、宮古島というところが狭いと感じた。そして、もっと自由が欲しかったというのと人と同じ道を歩みたくないという思い出、親元を離れて沖縄本島の高校に進学しました。私の性格として、安定の分かりきった未来に向かうのをとても拒んでいました。
新しい環境に身を置くことが癖になってましたね。だって今までの自分を知らない人たちと出会う事こそ自由だと感じました。今までの自分を知っている人は過去にこだわり、こういう人だと決めつけるでしょう。そして、狭い世界にいると変化を嫌います。他人が変化するのを面白くないと感じる人が多いと思いませんか?
人はその場その場でどんどん進化していくものなんです。なのに「昔のOOはもっとこうだったのに変わったよね。」とか「高校デビュー」とか「大学デビュー」とかというのを私の周りがすごい気にしていて、転校生の過去を噂したり、そんな社会が息苦しく感じました。くだらない世界だと感じました。
そしてもう一つ、真面目すぎる承認欲求の塊の自分から卒業したいと思いました。いい子ちゃんからの卒業です。その転機は高校の友人との出会いです。私と正反対に本能で生きているような友人と仲良くなり、多少のヤンチャをし、スリルも一緒に味わいました。その友人のおかげでまた世界が広がり、またちょっと違う自分へ変化しました。
そして大学、もう我が道を行きたい!人が引いたレールになんて乗りたくない!進学校だった私の高校の先生方は、とにかく数字しかみてなくて模試があるたびに他の高校と比べ、もっと努力すれなどと言った言葉を毎月のように聞いていました。先生が生徒をレールから外れないようにするロボットのように見えました。
もうそこで、あ〜つまらん。こんな狭い世界はいやだ!
大学に行ってもみんな飲みや、遊び、ワイワイしてすぎるんだろうなと、だったら海外でようかな。が始まりですね。
また、こんな大人たちに利用されたくない。用意された道に甘えることが私自身許せませんでした。これが私なりの反抗期ですかね?
そして、母子家庭であったため金銭面も考えながら、大学を選んでいました。
まず、お金を無駄にしないような四年間を過ごせること、就職のために学ではなく自分のために学ぶこと、そしてまた新しい自分に出会いたいというのが大学探しの軸でした。
台湾留学を耳にした時、全ての条件が一致したので、すぐ台湾に行くことを決めました。まあ、直感でここならいけそう!と感じたんですよね。私のいままでの人生はこのような、ビビッとくる選択肢があるんです。このビビッとくる感覚を大切にしようと思っています。
要するに今回のブログで伝えたいことは、いま私の目標でもあり、いまの先生方、保護者の方に伝えたいのは、選択肢を多く与えられる人なりたい、またになってほしいということです。人と違うことを楽しめる人が増えて欲しいです。もっと自由に他人の目ばかりを気にする世界から解放されて欲しいです。承認欲求とは誰にでもあることですが、それが一番になってはいけないのです。大学に進学してやっとその承認欲求から少し解放されました!
目指せ、多様性万歳!選び放題の人生!ですね!
長々と、お付き合いいただきありがとうございます。
なかなか上手くまとめられませんでしたが、これが21歳私が勢いで書いた文章でした。伸びしろしかないですね!どうぞ宜しくお願いします。
ありがとうございました。
今回は私、インターン生の篠隈わか乃が、いままでの経験をふまえ、いま伝えたい気持ちを書いて行こうと思います。
まず、前回のブログを読んでいただきたいと思います。
ここをクリック:自己紹介
私は、小学校、中学校、高校、大学を全て別の地域の学校を意図的に選んでいます。
その理由は一つ「新しい自分に会うため」
小学校時代の私はとてもいい子ちゃんで、先生たちから一目置かれる生徒でした。みんなが嫌がる掃除を毎日一人で自ら進んでしたり、低学年のお世話係のような生徒でした。ませてましたね。笑
そうさせたのは他でもなく承認欲求でしょう。
そして、中学では、スポーツ面も勉強面も優秀で友達にも恵まれ、特に先輩に好かれてましたね!自分で言うのもあれですが模範生徒でした!
そして、高校進学。まず、宮古島というところが狭いと感じた。そして、もっと自由が欲しかったというのと人と同じ道を歩みたくないという思い出、親元を離れて沖縄本島の高校に進学しました。私の性格として、安定の分かりきった未来に向かうのをとても拒んでいました。
新しい環境に身を置くことが癖になってましたね。だって今までの自分を知らない人たちと出会う事こそ自由だと感じました。今までの自分を知っている人は過去にこだわり、こういう人だと決めつけるでしょう。そして、狭い世界にいると変化を嫌います。他人が変化するのを面白くないと感じる人が多いと思いませんか?
人はその場その場でどんどん進化していくものなんです。なのに「昔のOOはもっとこうだったのに変わったよね。」とか「高校デビュー」とか「大学デビュー」とかというのを私の周りがすごい気にしていて、転校生の過去を噂したり、そんな社会が息苦しく感じました。くだらない世界だと感じました。
そしてもう一つ、真面目すぎる承認欲求の塊の自分から卒業したいと思いました。いい子ちゃんからの卒業です。その転機は高校の友人との出会いです。私と正反対に本能で生きているような友人と仲良くなり、多少のヤンチャをし、スリルも一緒に味わいました。その友人のおかげでまた世界が広がり、またちょっと違う自分へ変化しました。
そして大学、もう我が道を行きたい!人が引いたレールになんて乗りたくない!進学校だった私の高校の先生方は、とにかく数字しかみてなくて模試があるたびに他の高校と比べ、もっと努力すれなどと言った言葉を毎月のように聞いていました。先生が生徒をレールから外れないようにするロボットのように見えました。
もうそこで、あ〜つまらん。こんな狭い世界はいやだ!
大学に行ってもみんな飲みや、遊び、ワイワイしてすぎるんだろうなと、だったら海外でようかな。が始まりですね。
また、こんな大人たちに利用されたくない。用意された道に甘えることが私自身許せませんでした。これが私なりの反抗期ですかね?
そして、母子家庭であったため金銭面も考えながら、大学を選んでいました。
まず、お金を無駄にしないような四年間を過ごせること、就職のために学ではなく自分のために学ぶこと、そしてまた新しい自分に出会いたいというのが大学探しの軸でした。
台湾留学を耳にした時、全ての条件が一致したので、すぐ台湾に行くことを決めました。まあ、直感でここならいけそう!と感じたんですよね。私のいままでの人生はこのような、ビビッとくる選択肢があるんです。このビビッとくる感覚を大切にしようと思っています。
要するに今回のブログで伝えたいことは、いま私の目標でもあり、いまの先生方、保護者の方に伝えたいのは、選択肢を多く与えられる人なりたい、またになってほしいということです。人と違うことを楽しめる人が増えて欲しいです。もっと自由に他人の目ばかりを気にする世界から解放されて欲しいです。承認欲求とは誰にでもあることですが、それが一番になってはいけないのです。大学に進学してやっとその承認欲求から少し解放されました!
目指せ、多様性万歳!選び放題の人生!ですね!
長々と、お付き合いいただきありがとうございます。
なかなか上手くまとめられませんでしたが、これが21歳私が勢いで書いた文章でした。伸びしろしかないですね!どうぞ宜しくお願いします。
ありがとうございました。
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