SFCの衝撃。
高校1年次に現代社会を担当していた時の男子生徒が、今年2年になって現在は彼のクラスを担当していない私に接近してきたのは半年ほど前です。進路相談であるといいます。
慶応大学に進学したい…、SFC(湘南藤沢キャンパス)の総合政策学部に行きたいと言います。
なんでSFCなの? という私の問いに、「とにかく今よりもレベルの高い大学へ…」という回答でした。ちなみに彼が通う(私が勤める)私立高校は、それなりのレベルであると一般的には評価されている大学附属校で、学年の半数以上はそのまま内部進学していく高校です。
今よりもレベルが高いって、何を基準にして言ってるの?
なんとなく、知名度というか…、有名じゃないですか…。
つまり「ブランド」ってヤツかな?
そうかもしれません。
ところで、なんでボクのところに相談にきたの?
それなんですが、どうもSFCのAO入試って、かなりエグいんです。
あっ、AO入試を考えてるんだね。何でかな?
自分は一般向けじゃないと思うんです。高校も第1希望の都立は落ちたし…。
そうなんだ。普通の受験勉強には向いていないと…。
はい。ずっと内申だけはよかったんです。けれどきっと学力が伴っていないんですね。
じゃ、今からでも学力をつければいいんじゃない?
それはそうなんですけど、なんか、AO入試の方が自分に向いているのかな?って…。
SFCのAO入試はさ、学力はもちろんだけど、それだけでは計れない「人間力」っていうか、総合力を判定する入試だから、ちょっとの努力で突破できるもんじゃないと思うけどな。なにしろAO入試の草分け的存在だから、そこには大学もきっとこだわっているんだよね。
そうなんです。で、調べてみたら予備校にSFCのAO対策コースというのがありました。
へぇー、そうなんだ。じゃぁ、そこに通えばいいんじゃないの?
そうなんですけど、それ以前にボクにはそこで通用するだけの「頭」がないと思うんです。
どういうこと?
ちょっと、その講義をオンラインで覗いてみたんですが、かなりヤバイって感じで…。
ヤバイって?
SFCのAO入試って、受験生1人に対して面接官(教授)が3人で口頭試問するんです。それが30分なんです。ボクにそんなの無理です。
30分ね。それはキツイね。頭の中が空っぽなら、絶対に誤魔化せない…、受験勉強程度の知識では突破できないよ、絶対に…、30分の口頭試問はキツイ。
だから…、先生なんです。先生にボクの頭を鍛えてもらいたいんです。
なるほどね。頭を鍛えるんだね。でもさ、さっきキミは「ブランド」のためにSFCに行きたいって言ったよね。そういったモチベーションで30分の口頭試問に耐えられるだけの頭を「鍛える」ってさ、キミたちからすれば、それこそ「コスパ」悪いんじゃない? もっと上手に「ブランド」だけを手に入れる方法だってあると思うんだけどね。
そうじゃないんです。そういった考え方をする自分がイヤになってきたんです。
どうして?
B(同じクラスで学んだ友人の名前)の存在かな…。
あれ? そこに気づいちゃったの?
先生の突然の質問に、Bはいつも適当に答えてるけど、先生はいつも「それ間違ってないよ!」って言って、「キミはいつもふざけてて真面目に勉強しないけどセンスは抜群だよ!」って誉めるじゃないですか。でも、その時、ボクはいつも「なんでアイツが誉められるんだ?」って思ってました。
まぁ、Bは典型的な「地頭人間」だね。「地頭」だけは良い。けれどそういったヤツに限って努力をしないんだ。聴いているだけで理解できるし、たぶん体系的にわかってる。だからアウトプットにもしっかりと対応できるんだよ。だけど、普段やってることがバカっぽいから、みんなからはまともに相手にされてないけど、そんなヤツをホントはみんな怖がっているんだ。キミもそうだったんだね。
はい。きっとBのような「頭」をもったヤツがたくさんいて、そういったヤツがさらに鍛えてSFCにチャレンジするんじゃないかって思うと…、ボクなんかじゃ、ダメかなって。
でも、AOに挑戦したいんだろ?
はい。それを突破したら、ボクにも自信みたいなものがつくのかなって思うんです。
もう一度確認するけど、キミのその考え方、というか、そのように考えるようになったキミは、すでに大学進学を「ブランド思考」ではなく、「自分を鍛える」ためのきっかけ作りとして捉えているってことなんだけど…、それ、自覚してる?
あぁ、そうなんですね。ボク、自分を鍛えようとしてるんですね。
「真面目くん」を貫いてきたんじゃないの? そんなキミがBの世界に近づくってことは、一度、自分を解体することになるよ。
はい。ボク…、自分を解体したいんです。
「サンクコスト」って言葉、知ってる?
いえ、知りません。
まぁ、いいや。後で調べてみな。キミはね…、他のヤツがあまりやりたがらないことを敢えてやろうとする「珍しい人間」だよ。みんな「サンンクコスト」的思考に埋没しちゃって、自分から「自身を変えよう!」なんて発想はもてないものなんだ。特にこの高校にいる「ある程度のレベル」に満足している…、というか、ホントは満足なんかしてなくて、満足していると思いたいだけなんだけど、とりあえず今の状態を失いたくない、つまり自分のステージをリザーブした状態で、次なるステージを考える人間が大半の中で…、キミのように「自分の気づき」と正しく向き合ってチャレンジしようなんてことを考える人間は…、珍しいんだよ。いったい誰の影響かな?
先生です。
ボク?
はい、なんか先生、へんじゃないですか。他の先生とは違う…。
確かにぼくが「ヘン」であることは認めるけど、ただ「ヘン」なだけかもしれないよ。
えぇ、だけどボクは先生の授業で必死になって点数を取ろうとしたけど取れなかったんです。で、先生が言ってることの意味、つまり「いつもものごとの本質に近づくような考え方をしろ!」をボクなりに実践してみたんです。そしたら、先生のあのクセのある出題でもちゃんと文章で答えられるようになった…、そしてそういった取り組みが「面白い」と思えたんです。今までの勉強って何だったんだ? って思えてきて…、だからBがいつも気になって仕方がないんですけど。
あぁ、そういうことか…。だから…。
だから、SFCのAOには先生の力が必要なんです!
やっとキミの真意がわかったよ。
ありがとうございます。
ちなみに、そういった生徒を鍛えるのって…、ボクの大好物なんだよね。
ホントですか?
来週から土曜の夜にオンラインで始めようか?
お願いします。
最初の「お題」は…、そう、確認したいので「資本主義のしくみ」からだね。
<数ヶ月後>
先生、大変です!
んっ?
SFCが、高校1年と2年を対象に「未来構想キャンプ」っていうのをやってます!
1・2年生対象?
はい。ボク、これに絶対出たいです。エントリーしても落とされるかもしれないんすけど、エントリーシートを作りますので、目を通していただけませんか?
<衝撃>
SFCが10年前から始めている「未来構想キャンプ」とは、高校1~2年生を対象とした、いわゆるワークショップです。
伝統的なAO入試から「小論文」を廃止して、30分間のガチの口頭試問に特化したのが昨年度の入試からであると聞いていましたが、それだけでも相当のチャレンジではあると思っていました。既存の大学入試のあり方を根本から変える破壊力は十分にあると考えられます。大学としては未来を託す「本物の人間力」をもった高校生を見いだすことに「本気になって」取り組んでいこうとする姿勢をAO入試の改革で世間に知らしめたかったのではないかと勘ぐるのですが、それと「未来構想キャンプ」がリンクしていることはそうやら間違いないようです。
真の実力者の早期発掘と、そういった生徒が活躍できる場を提供することができる大学のフロントランナーとしてのSFCの心意気が伝わってくるようです。
先日、横浜の有名私立進学高校を中退して、島根県が募った地域留学制度を利用して、敢えて地方の公立高校で学ぶ決意をした高校3年生が、その後、推薦で東大に入学し、現在では島根県に戻って町おこしのスタッフとして働いているといったニュースに出会いました。
世の中の風向きが完全に変わったことを私たちは自覚しなければならないでしょう。
もはや自身が働く学校の「優秀」と、世間が本気で見極めようとしている「優秀」との間に、大きな乖離はないだろうか? と自問する必要があります。
私たちが、「生意気だ」「ふざけている」「変わっている」といった判定によって低い評価(内申)を与え、その結果、彼らが学校には何も期待しなくなっていることに気づくことが、まずは重要でしょう。
私たちの「人を計る基準」は、本当に正しいのでしょうか?
そこから考えなければならないと思います。
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