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お父さんは、なぜ「キャンプへ行こう!」と言い出すのか?(5)



学校から消えた「ヘンなおじさん先生」

子どもの「青年期」・・・、とりわけ「思春期」という貴重な瞬間を、学校の論理に支配されたまま「他者と同じように」「大過なく」通過させようとすることはやめておいた方がいい。つまり「学校」を過大評価しない方が得策であるということである。「学校」が得意とするのは、あくまでも現実社会が望む、または現実社会に馴染む人格とスキルをもった集団をつくりあげ、それを社会に還元することである。よって個人を集団という枠組みで規制し、決して集団からはみ出さない範囲で「個性」を認める・・・、この方式をもって「個性重視」を唱えるのが学校の限界である。

学校が地域社会に包摂され、多様な家庭環境に育つ子どもたちの「学び」を保障するためだけに、敢えて現実社会とはかけ離れた「異空間」を演出し、それを「子ども社会」として寛容する時代は終わった。もはや学校は「子ども社会」を「異空間」として別の次元に置くことはせず、単に「大人社会」のモラトリアム機関であるという事実を隠そうとはしない。よってそのような学校に籍を置く教員には、「大人社会」に十分に還元しうる「個性」のみを抽出する役割が担わされるのだ。そしてそのような指導(作業)は、教員の無意識下で行われる。端的に言えば「教員と同じような属性をもった個性」を学校は大切にする。しかしそれは理屈ではない。「教員と同じような個性」が、結局は社会にとっても有用であるという社会システムが完成している下においては、「教員とは別次元の個性」をもって生き抜くこと自体が、実は過酷なのである。よって学校に、そして教員に「異を唱える」ことをも厭わないアイデンティティーに支えられた「個性」は、現実社会においては厄介な存在としての地位しか与えられないのだ。

このように現代の社会においては、社会と学校は完全に連携している。小学校は、ギリギリのところでそのような円環の埒外に置かれていると考えられるが、その現存する「子ども社会の異空間」も早晩、大人社会の円環の中に取り込まれていくのであろうと覚悟はしておくべきである。ましてや中学校に与えられた役割は、完全に「大人社会」の疑似体験を積む・・・、ということになってしまっている。だから前述したように中学生(子どもたち)への必要以上の「管理」を、やはり無意識のうちに大人は支持するのであろう。人間社会でまともに生きていく上で必要となる「常識」は、それを子どもたちが自身の力だけで獲得していくことには無理があることは承知しているし、時にその「常識」を大人が強制力をもって躾けなければならなことも理解できる。しかしそのこと以上に「管理・強制」が横行した場合、繰り返しとなるが、子どもたちの選択肢は3通りしかない。つまり「従順」「反抗」「思考停止」の3つのパターンである。そして大人社会は「従順」なる子どもたち・・・、だけではなく「思考停止」の状態にある子どもたちにもインセンティブを用意する。それが高校受験や大学受験時に必要となる「内申書」での高評価であり、それに付随する「推薦枠」へのアクセス権である。

昭和の頃までの学校は実に牧歌的であった・・・、と好意をもって懐かしむのはやめた方がいい。昭和の学校(特に中学)にだって問題はたくさんあった。「いじめ」の件数こそ、露見された数は今のそれほどではないが、代わりに「非行」と「暴力」が学校社会に蔓延していた。荒れ狂う子どもたちの姿は社会現象ともなり、人々に不安を与えた。それがために「学校管理」が強化されてきたということは前述したが、と同時に教員の責務が「管理」に置き換えられた・・・、その時から「子どもの声」に耳を傾ける・・・、そのような文化が学校から退化していったことをなんとなく覚えている。学校から「金八先生」がいなくなったのである。そして社会も「金八先生」を求めなくなった。それはなぜか? 私なりの答えで恐縮だが「金八先生」は・・・、コスパが悪いのである。言い換えれば「労働生産性」がやたらと低い・・・、さらに言い換えれば、人々は金八先生の教師像に「徒労感」を見いだしてしまったのではないか・・・、そう思う。

今となってみれば、金八先生は「ヘンなおじさん先生」の典型だ。

「青年期」の「煩悶」の中にある子どもたちと、その彼らの「煩悶」の中に自ら飛び込んで、共に悩み、苦しむ・・・、決して答えの出ない暗中模索を、教師と生徒が繰り返す。しかし金八先生には教師としての気負いは見られない。常に「少しだけ大人」という立ち位置を忘れていない。だから普遍的な正義以外は「断定」しない。代わりに子どもたちにとことん経験させ、そして考えさせる。そして「失敗」を伴った無限とも思える時間の経過とともに、子どもたちは「自立」へと向かって歩んでいく・・・。それが金八先生の目論見であると気づくのは、彼らが真の大人になってからのことである。

かつての学校にはこのような「ヘンなおじさん先生」が山ほどいた。「金八先生」はそのデフォルメとして描かれたに過ぎないと思う。しかし、あくまでも金八先生は「良心的デフォルメ」であり、それとは真逆の背徳的な「ヘンなおじさん先生」も学校にはたくさんいた。そしてその感覚は決してノスタルジーからくる幻影的なものではない。

教師の「質」がその程度であったということである。「その程度」とは、教師も「ヘンなおじさん」と評されてしまうほどの「その程度」という意味である。誤解を招くといけないから正確に記すが、学校の中核を担い運営に携わっていたのは、戦前から続く「師範学校」出身の教員であった。よって彼らは現場を数年経験した後に、模範的教員経験者として教育行政に招かれ、つまりは出世していく。そのための「師範学校」なのであるからそれでいいと思う。しかし、戦後の混乱期を経て民主的教育制度の下で学校が再開されると、途端に教師の人員不足が露呈された。戦後のベビーブーム・・・、それに伴う受け皿としての学校の物理的な体制強化(大量の教員採用)が、案外と曖昧な教員をたくさん輩出(採用)したのである。復員兵を初めとした「クセ者」はもちろんのこと、革新勢力が全盛であったことから「左寄り」・・・、であるから「反体制派」の教員も大量発生した。つまり教育現場たる「学校」が混沌としていたのである。

社会の「混沌」と学校の「混沌」が、現在の巷間でイメージされる教員とはまるで違った「ヘンなおじさん先生」を学校に大量発生させてしまったわけであるが、おかげで子どもたちは「ヘンなおじさん」たちに包囲されながら、ということは「ヘンなおじさん」への免疫を高めながら日常を送っていたことになる。そして「ヘンなおじさん先生」は、こともあろうに「ヘンな常識」「ヘンな考え方」をも子どもたちに伝授した。だが、そんな「ヘンなおじさん」も教師なのだから、それをある程度は受け入れなければならなかった。

つまり教師という本来的な「軸」からは、そして国家が期待する教師という「使命」からは、かなりかけ離れたところに「仕方なく」「『でも・しか先生』として」教師生活を選んだ当時の教員には、彼らがそれまでの教育で教わってきたものでは到底太刀打ちができない現実の「戦後社会」が横たわっていたのだから、自ずと自身の「考え」と「経験」そのものから「思想のようなもの」を捻り出して子どもたちに「教育」する必要があった。つまり当時の子どもたちは、彼ら「ヘンなおじさん」という人間の「ナマの姿」によって、その思春期の不安定さが受け入れられていたのである。

その延長線上に「金八先生」は存在し得た・・・、そう考えるといい。だから金八先生の発する言葉は、彼の哲学に裏付けられた「個人的見解」ということができる。そしてこのような「個人的見解」としての「正義」の積み上げそのものが、「学校の正義」を構築していたと考えられる。

そもそも金八先生の「ヘンなおじさん」ぶりは確信的だ。国語の授業(国語教師であった)と称して、彼の授業には毎回波乱が伴う。子どもたちの名前の由来をそれぞれに勝手に推察して親の思いを代弁したり、国語の教材を使っておきながら、完全にオリジナルな「道徳」の授業を展開したり、現在の教育体制からすれば、その「授業ジャックぶり」は、保護者からのクレーム攻撃の恰好の的となっていたはずである。なにしろ教育課程をほぼ無視した授業展開では、まともに与えられた教科書すら終わらないであろうから、ドラマの中でも金八先生の暴走ぶりは、時として他の教員の顰蹙をかう。しかしそのような金八先生の像(イメージ)はドラマ上の極端な演出だ・・・、そう決めつけるのは正しくない。あのような「ヘンなおじさん」的教員は、現実に教育現場の一員として学校の運営だけでなく、子どもたちの内心における「不安」や「混乱」の第一義的な受け皿として実際に機能していたし、そのような特徴的な教員個々の「独立した裁量権」が広汎に認められていたところに、学校(特に中学・高校)はかろうじて子どもたちの支持を得ながら「子ども社会」を維持していたのである。

2年ほど前に、とある自治体の教育委員会の要請で、公立中学校の教員向けの研修を請け負ったことがある。事前に簡単な打ち合わせをし、自治体内の各中学校から参集した「先生」を前にして、私が披露した研修内容とは、当時からやたらとメディアを騒がせていた「アクティブラーニング教育」に関する取り敢えずの「最新情報」と、それへの各校の取り組みの現状を伝えることであった。その研修の場で、私は最後に「本音」を語った。つまり「アクティブラーニング」は・・・、それを子どもたちに実践し、より深い学びや考え、探究心の養成を期待しているのであろうが、その構想は「理念としては」高く評価することができる。しかし残念ながら現実の学校現場は、それを理想的に展開できる環境にない・・・、なぜならば「学校」で働く、その「教職員がアクティブワーカーではないから」である・・・、よって現行の「アクティブラーニング」礼賛現象も、いずれ「絵に描いた餅」となり、そのフレーズすら忘れ去られることになるであろう。

私がその場で真に伝えたかったのは、教員自身が上長からの「指導」や「命令」に忠実なだけの「イエスマン」としてのキャリアを歩むことに、何ら疑問を抱いていないであろうことに対する「世間の冷ややかなる『眼』」の存在であった。世間は教員を「代替可能な役人」としての教育者として認知し始めたと、以前から私自身が感じていたからである。「代替可能な役人」としての教育者・・・、それはつまり「ヘンなおじさん」としての金八先生的教育者の「真逆」に位置する存在である。そんな教員独自の立ち位置を取り戻すことができずに「アクティブラーニング」などと喧伝すること自体の限界を知ってもらいたかった。

加えて言えば、管理職の側に向いていただけの視線を子どもたちに積極的に注ぎ、彼らの至近距離から「うざい!」と罵られながらも、彼らの内心を覗き込み「お節介をやく・・・」、そんなコスパが悪く労働生産性も低い教員が、現代にも生息していることを担保として、例えば「アクティブラーニング」は機能するのではないか・・・、そのように伝えたかったのである。

研修を終えた教員の何人かが私の前にやってきた。「ハッとさせられました」「私に何ができるのか、もう一度考え直します」「子どもたちへの熱い眼差し、それを忘れていたかもしれません」・・・、などという好意的な感想が多かったのであるが、最後に残った1人の教員が放った言葉を私は今でも忘れることはできない。

「先生のおっしゃること、確かにその通りです。でも『私たちは教員である前に公務員なんです』・・・、だからできることには限界があるんです!」

教員である前に公務員・・・、私は耳を疑った。そしてそれまでの各種教育委員会での「取材」から感じていた「違和感」・・・、その違和感の正体・・・、それをハッキリと掴んだような気がした。つまり公立の教員のマインドの中核を占める論理・・・、それが「公務員>教員」であったという事実を私は再発見することができたのである。

その時以来、私の足はその自治体、そしてそこの教育委員会へは向かなくなった。公務員であることを前面に打ち出す・・・、そんな教員が差配する教育現場に、それこそ「ヘンなおじさん」は金輪際必要ではないであろうし、たとえ未だに存在するとしても、その存在は、確実に排除されるべき対象となっている・・・、そう私が感じたからだ。

結論を述べよう。

子どもの成長過程においては、時として「ヘンなおじさん」は必要だ。もちろん「ヘンなおばさん」がいてもいい。杓子定規のような「正しいおいじさん・おばさん」だけに囲まれた子どもたちに、その後に展開する複雑怪奇な「社会」を生き抜いていく真の力は育たないと思っている。学校にとっての「良い子」って、実は社会にとっては「お荷物」にだってなり得るんだってこと・・・、もうとっくに大人たちは気づいているのに・・・、そんな「エリート優等生?」と、彼らを支えるべくその周辺に位置することになるであろう人材を、彼らがまるで「国の宝」とでも言わんばかりに大切に育て上げる・・・、それが現実社会とガッチリ連結した学校が実践している教育の実態である。

「エリート優等生」を頂点とした現在の学校ヒエラルキーの中にあって、その集団を牽引するのが「エリート化した教員」であるとするならば、もはや学校のキャパシティーの限界は明確である。それは「ヘンなおじさん先生」が受け皿となって無意識下で支えていた、「その他の子どもたち」の「その他の正義」・・・、それが行き場を失ったことに繋がる。

清濁合わせ持ったところの人間が「それぞれに正義をかざす」ことで人間社会が有機的に機能するのであると考えるならば、現代の学校にはそんな「清濁混在」は認められていない。そしてそこに子どもたちが決して声にすることができない「息苦しさ」がある。それは学校が「教会化」したと考えることと同義である。つまり「正義」「正しさ」は、「教会化」したところの「学校」にしかあり得ず、よって「学校」は多分に神聖視され、子どもの「青年期」を含めた複雑な成長過程を全面的に請け負う機関となった。「ヘンなおじさん先生」が出る幕などないのである。

であるならば、「ヘンなおじさん・おばさん」は、それぞれの家族が自前で手配せねばならない。繰り返しとなるが、世の中の・・・、その「混沌」を見事に泳ぎ切り、自身が目指す地点へと己を導いていくためには、世間のありとあらゆる人々の信じる「正義」とやらを上手に渡り歩く術を学ばねばならない。聖人君主の「正義」も、ヘンなおじさんの「正義」も、どちらにも大いに学ぶべき要素があるということを、まずは子どもたちに肌で分かってもらう必要がある。

そんな現状の中から、世のお父さん・お母さんは、どのような「戦略」をもって子育てをしたらいいのか・・・、学校からは消えてしまった「ヘンなおじさん・おばさん」は、どのようにして家族の子育てにコミットさせることができるのであろうか?

次回はそのことについて考えたいと思う。

(つづく)
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