どうする、どうする?

日本語学校で講師をしている知人に会いました。そして日本語学校の現在の変貌ぶりに少し驚きました。

今から30年以上も前に私は「日本語学校」の存在を知りましたが、当時はあくまでも日本での就労目的をもった外国人(主にアジア圏)が、日本語の最低レベルのスキルを身につける・・・、そんな程度の学校であったような気がします。入国管理が厳しい日本にあって、例え審査に通ったとしても、その後の日本での仕事や生活に支障が出てしまう・・・、それほどに日本語は習得が難しい言語なのですが、その難しい日本語を、働きながら、または働くことを前提として身につけさせる、それが日本語学校の役割だったと思います。ところが、どうやらその実態が随分と変わってきた・・・、就労目的だけではなく、大学や大学院、専門学校への進学目的で日本語学校に通う外国人が激増しているらしいのです。

それにしても驚かされたのは、その学校数の多さです。東京都内だけでも190校を数えます。学生の在籍数を一校当たり100人としても、2万人弱の学生が日本語を日々学んでいる、ということになります。それに既に日本語を習得して大学に進学したり、企業に就労したりしたところの卒業生を合わせれば、首都圏だけでも、少なく見積もっても4~50万人の外国人が、私たちと同じように日本語で仕事をし、生活をしています。現実にはそういった外国人が、例えば日本人と結婚をして子どもをもつ・・・、そんな子ども(ハーフ)が、あらゆるカテゴリーの学校に(表現は悪いのですが)ゴロゴロしています。もう「外国人就労者2世」は、当たり前の世界になってきたのですね。

私が勤務した中学・高校にもそんなハーフが、ここ十年で倍増しました。多いクラスでは、クラス在籍の1割程度は、両親のうちの一人が外国人です。でもね・・・、そんな外国人のお父さんやお母さん・・・、何の問題もなく日本に、そして日本の地域文化に馴染んでいるようですよ。よってそんな親をもつ子ども(ハーフ)も、表面上は何ら問題なく、楽しそうに学園生活を送っています。内心では複雑な思いもある(?)のでしょうが、私たちが実は密かに心配している「ハーフ特有の問題」は、今の子どもたちの世界ではほぼ「問題にならない」らしいのです。子どもたちの方が、大人よりもずっと順応力がありますからね。今となっては、ハーフの子を「憧れの対象」とみる向きもあるようです。もちろんそれは一面にすぎない、本当はもっとずっと奥の方には、センシティヴな感情が存在するのでしょうが、それをとりあえずは表に出さず、子どもたちは「上手くやって」ます。そしてそのことこそが「グローバル化」の恩恵でしょう。国は・・・、社会は、そうやって徐々に変わっていきます。その変化に取り残されてはいけませんね。

さて件の日本語学校に勤務する私の知人ですが、日本語を教えている現在の対象は、既に母国で大学過程を修了している若者たちだそうです。何でも彼らは母国での就職では飽き足らず、日本で有名企業に就職するために改めて日本の大学に進学する、という目的をもっているようです。つまり彼らの知的レベルは既に高いのです。ただ日本語だけが不足している。であるから、その日本語さえ完全に習得すれば、例えば日本人学生にだって負けない就職活動を日本で行うことができるんです。その彼らが習作で書いた「小論文」を(コッソリ)見せてもらいました。抜き打ちのテーマで、時間は90分、文字数は600字です。知人の受け持ちクラスは全員が中国人だということで、さすがに漢字文化圏だけあって、正確な漢字を日本語の中に上手に散りばめて文章が出来上がっていました。「日本の少子高齢化問題」についてだったのですが、各人とも、その論はしっかりしていて、私などは普段見慣れているはずの日本人高校生の「作文」「小論文」なんかよりも、よっぽど読みごたえがある、と感心してしまいました。

そういった外国人が・・・、つまり知的外国人が、これからどんどん日本の労働市場に登場します。彼らが求めているのは単純労働ではありません。日本の知的労働の世界に、確固たる地位を・・・、彼ら外国人は、今、築いていこうとしています。

あっ、今、あくびをしましたね、そこの高校生! アンタら、ヤバイよ。これからの日本では既に知的労働は外国人のエリート集団に席巻されますよ。・・・じゃぁ、単純労働でいいってか? 残念! その労働市場には・・・、AIが控えてますからね。

どうする、どうする?