アクティブラーニングを先生自身が始めてみる。

 世間では、そして教育界ではアクティブラーニングが、まるで全盛のような風潮が漂っていますが、決してそんなことはありません。主体的で能動的な学習姿勢ですか? それが本当に実現しているとは思えません。授業で「グループワーク」を多用している…、それをもってアクティブラーニングしている…、というのは大きな誤解であり、教員の側の自己満足にしかすぎません。

 アクティブラーニングを真に、学校教育の文化として根付かせるのならば、まずはそこに働く教員自身がアクティブラーナーでなければなりません。しかし、強大な権力をもつ学校管理職の下で、本当に先生方はアクティブラーナーになることができるのでしょうか? 主体的・能動的に職場の問題を掘り出して、それの解決を図る…、そんな文化が現行の学校現場に存在するとは思えません。もしも先生方が真のアクティブラーナーであるならば、学校現場にこんなに「ブラック」がはびこることはなかったでしょうし、もっと早い段階で、職場改善のための「声」があがっていたはずなのです。つまり子どもたちにアクティブラーニングを指導する、その教員にアクティブラーニングの精神が育っていない現状では、早晩、アクティブラーニングも一時のブームで終わってしまうのではないかとする懸念を私は抱いています。

 しかし思うのです。今次の国を挙げたアクティブラーニングの波は、きっと国や自治体(教育委員会)の思惑を超えて、真のアクティブラーニングの流れを現場の教員によってつくることができる…、そんな時期に日本社会も到達しているのだとする期待を私は同時に抱くのです。だからあえて現場の先生方に言いたい…。「先生自身が真のアクティブラーナーになるべきだ!」と。

 まずは「会議」を変えてください。上意下達型の伝達会議から、かつての議論応酬型会議に変えなければなりません。なにも会議を紛糾させろ…、と言っているわけではありません。教育現場にもっとも至近距離で接している教員が、その現場の問題点を余すことなく議論の俎上に挙げて問題(課題)の解決を導く…、その(とてつもなく)大変な作業を労を厭わずに行い続けた時、初めてその職場にはボトムアップの文化が芽生えます。管理職にとっては当面の間は居心地が悪い会議にはなるのでしょうが、そもそも会議は、管理職の思惑通りに進むものではありません。学校は、そしてそこに学ぶ子どもたちにとっては、先生方の会議(議論)こそが、本当に明るく楽しい環境を築くための最重要な場なのです。その意味で会議は、教員が「体を張った」真剣勝負の場であっていいのです。

 もしもそのような場に会議がなっていないことに心当たりがあるのであれば、それはその会議に参加している教員全員の怠慢です。学校をよりよくするための重要な機会(チャンス)をみすみす予定調和や「どうせ言っても無駄」的な会議で、時間を無駄に消費しているだけならば、それは敢えて言わせていただけば、教員が子どもたちに向かっていない…、管理職に向かって仕事をしていることの証左なのです。

 まずは現場の矛盾を、思いの丈を会議で発言してみてください。矛盾を内包しない職場なんてないのですから、発言することにことさら抵抗はないはずです。あるとするならば、周囲の目、周囲の空気ですね。それを一度打ち壊してください。そんな固定観念は一度破壊してしまえば周囲の「目」も「空気」もガラッと変わるものです。職場の「目」や「空気」に支配されず、常に子どもたちの「目」と「空気」を敏感に感じてください。さすれば職員の会議ごときで怯んでしまっていた自分が、どんなに小さな存在であったかをしることができます。けれど子どもたちにとっては、先生は決して小さな存在ではありません。特に担任の先生の存在と言動は、子どもたちの学校生活のすべてにもなり得ると言っても過言ではないでしょう。

 だから会議で発言する勇気など、屁を出すほどに簡単に出さねばなりません。先生が、そして先生からアクティブラーナーになる…、そのことだけで案外、学校は劇的に変わります。そして敢えて管理職側のフォローをすれば、管理職とてそのような「ちょっと生意気な教員」の出現を待望している節がありのです。平成の30年間で、あまりにも教員がイエスマンとして変容してしまったことに、実は管理職側も今更ながらに困っているのではないか…、そう推察します。職場に真のリーダーが不在だからです。管理職は…、残念ながら職場のリーダーにはなり得ません。教員を管理する側なのですから、そもそも立ち位置が違うのです。そして真のリーダーとは、「ちょっと生意気な教員」から出現します。

 アクティブラーナーは生意気な位がいい…、これは真実です。そかし真のリーダーにはその上を目指していただきたいと思います。生意気なだけではなく、決して「無礼ではない」存在になってほしいのです。「生意気だけど無礼ではない教員」…、そんな先生が職場に現れれば、その人が真のリーダーです。そのリーダーの下で、管理職公認のアクティブラーニングを、まずは教員集団が実践する。その上で、その文化と手法を子どもたちに学ばせればいいのです。

 だからアクティブラーニングを本当に突き詰めようと思ったら、職場改革から始めなければならないのです。それには時間がかかります。共通理解も必要です。しかしそこに至るまでの「はじめの一歩」は、誰かが踏み出さねばなりません。その一歩を踏み出す心意気…、アナタにはありますか?