新型コロナから地域社会の再生を考える。

◆新型コロナの影響により3月の「教員応援セミナー」の開催を自粛し中止とします◆

◆中止するセミナー:3月21日(土)「アンガーマネジメント研修」◆

 新型コロナウィルスの拡がりを防止するために、政府は全国の小・中・高等学校の臨時休校を要請しました。私も現在は非常勤の勤務ではありますが、突然の休校要請に対処するべく、生徒への課題作成や学年末試験の中止による新たな成績・評価方法を模索し、若干の「混乱」を経験しているものです。

 ネット、特にツイッター上では、この政府による突然の休校要請に対する様々なコメントが連日のように流れています。発表当初こそ、「よくぞ判断した!」「英断!」との好意的な意見も多かったようですが、学校現場の混乱が明らかになってくるにつれ、「なんでこのタイミング?」「現場がわかってない!」「単なるパフォーマンス」という批判的な意見が大半となってきました。

 特に教育現場でその混乱の最中にある現役の教員からは、政府からの要請を受けた後の自治体や教育委員会の対応について辛辣な意見や愚痴が寄せられていました。たとえば、子どもたちの自宅での状況を正確に把握する目的から、各自の体温を申告させ学習状況をチェックする…、そのために週に一度は家庭訪問、各家庭への電話連絡は毎日欠かさずに行う…、学童保育の人員が不足しているため教員の一部がそれの応援要員として補充される…、授業は行わないが部活動までは禁止しない…等、およそ常軌を逸しているとしか思わざるを得ない上層部の判断に、さすがに普段はおとなしい現場教員の怒りも沸点に達しているかのようです。

 でもよく考えてみてください。今回の休校要請は、あくまでも「要請」であって「命令」ではありませんね。つまりこの「要請」を受けて地域の学校教育をどのように展開していくのかについては、各自治体に任されているのです。休校にしようがしまいが、はたまた休校中の教員の処遇に関しても、その管理を強化するのか逆に放任するのかは、すべてが自治体(教育委員会)の判断ひとつで決定することができます。この状況を揶揄して政府から自治体への「丸投げ」であると批判的に報道するマスコミもありますが、この「丸投げ」…、いいんじゃないでしょうか。

 何の具体的な方策を示さないまま、政府は自治体に休校を要請し、その判断を含めて「丸投げ」しました。しかしこれは地方分権制度の健全なカタチです。この国は全体主義ではなのですから、国はグランドデザインを示す(残念ながらこのデザインすら国にはなかったのですが…)だけです。地方の政治に関しては、それこそ地方の実情に合わせて地方政府が自治をすればいいんです。よって今回の措置に関しても、「うちの自治体は休校なんかにしないよ!」と宣言し、新型コロナの拡がり具合をさらに見守って適宜判断する…、そういうスタンスの自治体があってもおかしくないんですね。実際にそういった自治体も出てきたようですが、大方の自治体では休校の「要請」を「命令」と受け止めたように思えます。そしてそこには役人的保身が見え隠れしているのです。つまり政府の「要請」を真面目に受けて「休校」にしたことで、それ以外の措置をとった場合のリスクを回避しているんですね。もしも休校にしなかったとして、結果的にそこの自治体で感染者が増えてしまった場合をまずは役人というのは想像してしまう。その場合の責任の所在までシュミレーションしちゃうんです。で、そういったリスクを被るのは恐ろしいですからね…、だから各自治体とも右へならえ…、何も考えずに右へならえなんです。

 でも今回の「要請」は、自治体の、そして学校にとっては教育委員会の本当の実力を試す格好の機会でもあるんですね。ただ現場の混乱に右往左往しているだけの自治体が多いように見えますが、その中にあって周囲の自治体がお手本としたくなるような高次元での判断をし、それを独自に実施していることろもあります。つまり今現在、学校教育があるべき本当の姿を見極める、そのためのカードは自治体が握っています。であるならば、リスクを上手に回避しながらも積極的に新規政策に打ってでるべきです。その上で、地域と学校がどのように連携していくべきかを真剣に考えるんです。東日本大震災時の被災地では、あの悲惨な状況の中から地域と学校の結びつきがいかに重要であるかを住民が悟りました。そして今でも学校を中心とした地域コミュニティーの理想的なあり方を追求する…、そんな住民の繋がりができているようです。

 誰がどう考えても、地域コミュニティーの中核に「学校」を据え置くことに異論はないでしょう。その意味で学校に働く教員は、すでに立派な地域コミュニティーの担い手なんです。子どもたちの実態を誰よりも知る教員は、その地域コミュニティーを健全なものにするためには、もはや欠かすことのできない重要な人的リソースです。教員には統率力があります。判断力もあります。もちろん社会的常識もあります。不足しているとすれば、社会を変革させうるだけの突破力と秩序を混乱させることすら恐れない勇気でしょう。しかし、そういった資質は政治家に任せましょう。教員は地域に豊かなコミュニティーを形成する…、そのためのファシリテーターであればいいのです。

 新型コロナで私たちが試されています。私たちの社会的判断力、実行力、そして政治力…、それらの力が合わさって地方自治が成り立っているってことを、今回の「休校要請」が気づかせてくれたと思えばいいんです。

 だから私としては、現在の「混乱」は、真に目指す市民社会への進化の一過程であるとポジティブに捉えています。

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