非常勤講師という世界から見える景色。

 今年の3月末日で定年退職をして、そのまま再雇用…は希望せず、新天地を求めて現在の高校に辿り着きました。自身が設立した社団法人の仕事もありますので、週に9コマだけの細々とした非常勤講師を任されて9ヶ月、それまでの教員人生とは少し違った景色を見ています。

 学校の教員には、①正教員(教諭)、②(常勤・非常勤)講師、③臨時採用教員、④嘱託教員など、様々なカテゴリーがありますが、正教員の割合は、実はそんなに高くはなく、公立でも私立でも3~4割程度が、講師や臨時採用教員の存在によって業務が廻っているようです。

 一般的に、正教員(教諭)が学校の根幹に据えられて、学級担任や校務分掌、各種の行事を切り盛りしているのですが、中には常勤講師や臨時採用教員が、正教員とまったく変わらない責任を持たされて担任を初めとする業務を担っているケースも決して珍しくはありません。子どもを預ける保護者の側にしてみれば、正教員だろうが講師だろうが臨採教員であろうが、教員に求める資質は同じものなのでしょうから、実際にはそんなカテゴリーは学内だけのことに留めておけばいいのでしょうが、こと待遇面や職場内での地位を考えると、講師や臨採教員に正教員と同等の責任を負わせて「シラッ~」としている学校の体質には正直なところ首を傾げたくもなります。

 そもそも講師や臨採教員は、「正教員になりたい人のためのインターン期間」のような共通理解が学校という職場にはありまして、そのような風土・文化の中にあっては、自ずと講師や臨採教員の地位は「正教員の下」という暗黙の了解事項が厳然と存在します。実際に学校現場では、正教員には正教員固有のネットワークが存在し、そのネットワークに講師や臨採教員がコミットすることは稀です。講師や臨採教員が、あくまでも正教員を補佐する、いや実は補佐することすら期待されてない存在であることは紛れもない事実であり、よって正教員とそれ以外の教員は、事の良し悪しは別として子どもたちの情報を共有することすら珍しいことなのです。

 ところが講師や臨採教員にもやはり独自のネットワークが存在し、職員室であまり相手にされてない分、そのエネルギーは子どもたちの動向を観察することに特化しているケースがあります。つまり子どもたちは、正教員には決して見せない顔(本音)を講師や臨採教員に見せることが案外と多くあるのです。それはちょうど保健室の養護教諭の下に子どもたちの比較的プライベートな情報が集まってくるのと同じ原理かもしれません。子どもたちは、正教員ネットワークの埒外に講師や臨採教員が置かれていることを敏感に察知しているんですね。だから正教員には決して開かない心を講師や臨採教員に開くことで、彼らなりのバランスを取っていたりするものなのです。

 このことを私が実感したのは、40歳代で6年間経験した学年主任の時でした。学年の情報を広く掴んでこその学年主任ですから、私はそれまでの正教員ネットワークを飛び出して養護教諭はもとより講師や臨採教員とのパイプを繋げることに腐心しました。そうしたら出るわ出るわ…、子どのたちの隠されていた一面が手に取るようにわかってきたのです。しかも全教員をできるだけフェアーに見渡した場合、正教員よりも講師や臨採教員の方が一様に授業へのモチベーションが高く、それを子どもたちもちゃんと評価していることが判明しました。

 その理由はいたってシンプルです。正教員は、何も授業の完成度(質)でその権威を見せつけなくとも、担任などの学内の肩書きや部活の顧問という特別なアドバンテージの下で無意識のうちに子どもたちに権威を与え、彼らを支配下に置くことができますが、講師や臨採教員にはそれ(アドバンテージ)がありません。毎時の授業での信用度が権威に直結するものですから、手を抜きたくても授業で手を抜くことは死活問題となってしまうのです。

 このような事実は、これからの学校を語る上でとても重要なファクターとなり得ます。つまりこれからの学校経営にはそれなりのセンスが不可欠です。学校を運営する上層部(教育委員会や学校長、管理職…)は、正教員とそうでない教員との、それぞれの特性を十分に理解し、両者の良い部分を学校経営に活かさねばなりません。正教員が「上」で、講師や臨採教員が「下」であるとする固定観念は、金輪際止めるべきです。さらに言うならば、講師や臨採教員が、そのままの地位(肩書き)で生活を続けていける程度の賃金を保障するべきです。教員の中には、講師や臨採教員である方が輝く人々もたくさん存在します。特にアカデミーを追求する人々は、そのアカデミズムを、勤務する学校の子どもたちに伝導するという使命を負わせてはいかがでしょうか。例えば、敢えて講師を続けながら自身の研究を追求している教員というのは、その学校にとっては間接的には大きな財産となるはずです。

 もっとさらに言うならば、正教員の終身雇用制…、もう止めませんか? 私が(ちゃっかりと)終身雇用の下で定年を迎えたから言うのではありません。私にはずっと腑に落ちなかったのです。終身雇用で正教員をやっている場合、どうしても緊張感というかモチベーションが保てない…、その状態で40代にでもさしかかれば、後は、その教員の家族や教員自身の保身を図るだけのなんとも惨めな状態が続いてしまうことは、どんなに理想を掲げて教員を志したとしても避けては通れない現実なんです。

 だから、そこに講師や臨採教員と同じような緊張感を維持させるためには、終身雇用制ではなく、基本、毎年の更新制が望ましいと思います。それでは教員の生活がままならない…、教員の生活が安定しなければ仕事の質が低下する…、と考えるのであれば、せめて5年毎の更新制にしたらどうでしょう。

 公立も私立も、それ(5年更新制)を一斉にやればいいんです。そうすることで教員の中途採用市場は劇的に盛り上がり…、ということは徐々にスキルアップを続けていた教員にとっては、需給関係からそれまでよりも高額な年俸によるオファーが舞い込んでくることが予想されます。

 繰り返します。これからの学校には、終身雇用で守られ続けている教員は不釣り合いです。もし私のこの意見が暴論であるとして、闇に葬られても…、せめてこれからの学校を支える若手の先生方には、そのような緊張感を維持した教員生活を送っていただきたいと願っています。

 あなたの能力と経験、それに人間性…、それだけで学校現場を渡り歩く…、そんなロック魂をもった先生が、1人でも多く現れることを期待する限りです。

 2019年12月30日になったばかり…。よいお年を!

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