教員の時短術(2)

 教員が忙しいことは十分に承知していますし、私自身が40歳代の半ばから自主的に実行してきた「ひとり働き方改革」が生活に定着するまでは、まさに忙殺の最中に埋没していましたので、そのことは肌で実感しています。

 私にとっての40歳代半ばというのは、それまで無理に頑張ってきたツケからメンタル不調を引き起こし、その混沌からぬけだすためのあらゆる試行錯誤を繰り返していた時期でもあります。その結果、たどり着いた境地が、①嫌なモノは嫌だと宣言する、②できないことはできないと宣言する、③同僚から嫌われることを恐れない、④しかし「授業」にだけは絶対に手を抜かない…、というものでした。

 私は、それまで続いていた私生活を見直し、それを毀損しない範囲で学校の仕事を(自身が納得できるほどに)連結させようとしました。そして一番初めに手をつけたのが「時間の有効管理」でした。それまでの時間管理というものは実に曖昧で、仕事の中に時間が埋没していた…、言い換えるならば、すべての仕事が終わった段階で私の真の時間が動き出していました。さらに言い換えるならば、私は時間で仕事を管理していたのではなく、仕事(量)が私の時間を支配していたのです。

 この状態から脱するために、つまりできるだけ定時近くに職場を切り上げて私生活に戻る…、それによって心身共に健康な状況を確保するために…、私が取り組んだのが、前述したような「ひとり働き方改革」だったんです。15年以上も前のことですから、この「ひとり働き方改革」には、目に見えない抵抗勢力からの白い目と職場からの圧力が浴びせられました。が、私は決めていた(③同僚から嫌われることを恐れない)のですから、案外と気分は爽快でした。「…最近、部活に熱が入ってないよな」「…付き合いが悪いんじゃないか」「…我が道をゆく、だね」などという陰口が私に発せられていたことが容易に想像できます。

 自分で自分の職場環境を変えるのですから、自身を評する周囲の見方が変化することは覚悟しなければならないでしょう。それでも世間(周囲)というものは、結構、柔軟に様々な人々(働き方)を受け入れてくれます。半年やせいぜい一年もすれば、個人のキャラクターは完全に周囲と溶け込んで認知されますからね。それまでに浴びせられる「白い目」(のような雰囲気)さえやり過ごしてしまえば、「ひとり働き方改革」は成功です。

 では、どのようにしたら「ひとり働き方改革」は実現するのでしょうか。私の場合は、まず「時短」を徹底しました。誤解をしてはいけません。「時短」とは、仕事で「手を抜く」ことではありません。私の場合には、1日の時間の流れを見渡した時、そこに内在していた「なんとも言えない無用な時間」を過ごしていることを認識し、まずその時間を削除することから始めました。具体的に言えば、休憩時間を私の場合は小刻みに取り過ぎていた…、その休憩時間に同僚との世間話や与太話が多く、あっという間に時間が奪われていきます。この休憩を「ひとり休憩」と決めて、無駄なコミュニケーションの輪(と私が認定した場)から距離を置き始めたのです。

 生来からの怠け者ですから、私にとっての「休憩」は死活問題です。仕事と仕事の合間には必ず「休憩」を取りますが、その時間が「ひとり休憩」だと5分で済みます。それこそコーヒー一杯で一服できる時間です。これを徹底すると頭の中に余分な雑念がなくなり、常に「仕事モード」を維持しながら「オンーオフ」を切り替えることができるようになります。パソコンでも、一度シャットダウンをしてしまったら、次に立ち上げるまでの時間とエネルギーは結構いりますよね。あれと同じだと思ってください。「仕事モード」の頭だったのに、同僚との与太話のおかげで完全にそれが切れた状態からの再起動ですよ…。これって時間的な実害は「大」ですね。

 時短術① 仕事中に同僚との与太話には付き合わない…「ひとり休憩」のススメ。

 同僚からの「…最近、付き合いが悪いんじゃないか」という圧力なら、それはさらっと無視しましょう。学校の場合なら、教育論やら組織論やら…、そういった有意義な会話になら、加わる意味というものはありそうですが、所詮「与太話」です。それしかできない人々と、何も仕事の時間を削ってまでコミュニケートする必要なんてないんです。ちなみに、この与太話に盛り上がっている人々こそ、夕方以降に「仕事モード」が全開になる人々だと考えてもいいかもしれません。だから彼らは帰宅時間が遅いんです。そのことをもって長時間労働だ…、と言っている御仁もいる位ですから、学校現場におけるブラック度は、時間軸だけではなく、時間管理の面からも検証しなければならないでしょう。

 次回は「片付けが時短を促進する」をお届けします。

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